40代で「自分がわからない」と感じるあなたへ | 頑張ってきた人ほど迷う理由

「自分がわからなくなった。」

そんな言葉を検索しているとしたら、

きっとあなたは、これまでちゃんと頑張ってきた人だと思います。

仕事も、家庭も、それなりにやってきた。

大きく失敗したわけでもない。

それなのに、ある日ふと、こんな感覚が押し寄せる。

「私って、何が好きなんだっけ?」

「魅力なんて、何もないのでは?」

「結局、私は何者でもないのかもしれない」

30代後半で急に「何もない」と感じた瞬間

私自身、突然そう思った瞬間がありました。

特別な出来事があったわけではありません。

周りはそれぞれの道を進んでいるように見えて、活躍している人、何かを始めた人、輝いて見える人。

比べたつもりはなくても、

気づけばこころの中でこう思っていました。

「私、置いていかれてない?」

何かに挑戦しているわけでもなく、

大きな成果があるわけでもない。

ただ毎日を回している自分。

その瞬間、急に

「自分って何もない。。。」

そんな言葉が浮かびました。

それは劣っているからではない

でも今ならわかります。

30代から「自分がわからない」と感じるのは、劣っているからでも、遅れているからでもありません。

むしろ、

*役割をちゃんと果たしてきた

*周りに合わせてきた

*期待に応えてきた

そんな人ほど、

“自分の声”のボリュームを下げたままの状態にしてしまっています。

母として、妻として、社員として

肩書きは増えたのに、

「私」という輪郭がぼやけていく。

それが、迷いの正体かもしれません。

比べなくていい。でも難しい。

「誰とも比べなくていい」

言葉ではわかってる。でも無意識に比べてしまう。

SNSや友人の近況で、自分の現在地を測ってしまう。

だから私は、こう問いかけるようにしています。

「誰の目も気にしないとしたら、私は本当はどうしたい?」

いきなり答えは出なくていい。

ただ、まず自分に聞いてみる。

40代からの自己理解は、大きな目標設定ではなく、小さな問いから始まるのかもしれません。

「自分がわからない」は、終わりじゃない

自分がわからないと感じるのは、何もないからではなく、置いていかれたからでもなく、

‘比べる視点’に疲れているだけ。

誰かみたいになれなくていい。

何か特別な肩書きを持たなくてもいい。

ちゃんとしていなくてもいい。

安心して本音を出せる時間があれば、

少しずつ、自分の輪郭が戻ってきます。

本音を整える時間について

私は、オンラインで個別の時間をつくっています。

評価も分析も、正解も提示しません。

ただ、「ちゃんとしなくていい時間」を提供しています。

自分がわからないと感じたとき、それは壊れているサインではなく、「自分に戻りたい」サインかもしれません。

もし、

静かにこころを整えたいと思ったら、

そんな場所があることを思いだしてください。

こころや思考を整理したい方はこちら

Muchi(むち)

Muchi(むち)のブログ記事です。読んでいただけると嬉しいです。

40代のわたし」 「働く母のリアル」 「スポーツ少年・少女 ジュニア期の栄養

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